中華アンプは無慈悲な夜の音響機器
10年程前の2010年代初頭、日本ではちょっとした中華アンプのブームがありました。
中華アンプとは、中国製の安価なデジタルアンプの事で、オーディオ機器のアンプ(=信号の増幅装置で音量を出す装置)において、従来のアナログアンプと異なりICチップを用いた小型・安価なアンプ群を指します。
当時、中国では深圳(シンセン)を中心に電子機器マーケットが急速に成長し、シンプルに組み上げた小さなデジタルアンプが大量に作られ、日本をはじめとした先進各国に輸出されていました。
そのきっかけとなった出来事は、90年代末に遡ります。1998年、米国の半導体メーカー「トライパス社」が開発したデジタルアンプのICチップが、後の中華アンプブームの始祖と言われています。
トライパス社が開発設計したデジタルアンプのチップは、そのコンパクトさと高音質さが評価され、ソニーのデスクトップPC「VAIO PCV-MX」に採用されます。他にもAppleが2002年に教育市場向けデスクトップPC「eMac」に採用したり、他にも組み込み用オーディオICチップとしてカーオーディオやパチンコ台に採用される等、トライパス社はデジタルアンプとして一定の地位を築きます。
そうした評価を受けながらも、波の激しい半導体業界ゆえにトライパス社は2007年に倒産してしまいます。しかし同社が開発したデジタルアンプICチップは既に大量に市場に出回っており、それらを活用した安価な中華デジタルアンプもまた雨後の筍の如く大量に出回ることになります。
同社が開発したICチップのなかでも「TA2020」と名付けられたチップは評価が高く、その後継である「TA2021」や「TA2021B」「TA2024」など、どれが音質的に優れているか一部のオーディオマニアが日々ネット上で議論を重ねるブームとなりました。
私が最初に購入し現在も愛用している中華デジタルアンプがMUSE AUDIO製「MUSE AUDIO M21 EX2」(TA2021仕様)。購入した2012年当時で僅か4,200円でした。冒頭で掲載した基盤はこの製品のものです。
MUSE AUDIOという中国の会社、実態はよく分からずWebサイト(http://www.muse-audio.com/ )も2009年には存在したことが確認できますが、活動実態としては2015年頃には中国のiVox Audio(http://ivoxaudio.com/)という謎な会社に代わり、そのiVox Audioも2017年頃を最後に活動実態を追うことができない状態。
そもそも、この私の購入した「MUSE AUDIO M21 EX2」という機種も、どうやらベースは同じく中国に当時あったSHEN AUDIO(http://www.shenaudio.com/)という会社が作った「SHEN AUDIO GR20 EX」というのがベース(というか殆どそのまま)になっているようです。
「SHEN AUDIO GR20 EX」と「MUSE AUDIO M21 EX2」は、外観も中身も殆ど同じ(他にも確認できるところでは「GOLIN AUDIO GL-20」であったり「DN-AMP」も同じ仕様っぽく、そもそもオリジナルがどれなのかハッキリしないのも中華っぽい)。
要は「MUSE AUDIO M21 EX2」も「SHEN AUDIO GR20 EX」もそうですが、ヤヤコシイことに同じ製品名でも発売時期により搭載されるICチップが「TA2020」であったり「TA2021」や「TA2024」であったり、とマチマチだったりします(私が持っている「MUSE AUDIO M21 EX2」は「TA2021」仕様)が、これは既にICチップ製造メーカーのトライパス社が倒産しているため、流通在庫分や中古基盤から引っ剥がしたICチップを用いていることに起因すると考えます。
そして、一時期(いまでも?)ネット上ではこのICチップによる音質の差が熱く議論されていましたが、私としてはデジタルアンプの仕組みから考えると、むしろそれに付随するアナログ回路部分が音に与える影響のほうがずっと大きいと思えてなりません。
というのも、これら中華デジタルアンプはRCA端子から電気信号を受け取り、毎秒数十万回という高速処理で入力信号の電圧を測ってデジタル信号化します。デジタル信号化されたものを演算処理によって増幅するので正確に処理できると言われています(=PWMと呼ばれる変調)。
演算によって増幅されたデジタル信号は最後にローパスフィルタと呼ばれる低域通過濾波器を通じてアナログ信号に戻されてスピーカーに送られ、その信号がスピーカーを鳴らす仕組みとされています。
(事前知識なくデジタルアンプと聞いた当初は、てっきりRCA端子からの入力をA/D変換し、増幅後にD/A変換してるのかな?と思ったものですが、単にスピーカーを鳴らす為なので、純粋な電気信号の増幅として扱えば良いのですね)
つまり、デジタル処理とは言うものの、アンプの入口でアナログ信号をデジタル化する処理も、出口でデジタル信号をアナログ化する処理も、共にアナログ回路が担う処理であるワケで、最終的に耳に届く音質を左右するのは、古の時代から続くアナログなコイルであったりコンデンサーであったり、それらを下支えする電源そのものでありする訳です。
そうするとICチップがTA2020だのTA2021だのの差は些細な事のように思えてなりません。そうした議論を展開している人たちが耳にしている”違い”は、そのアンプが搭載しているアナログ回路の違いと私は考えます。
さて私は、他にも「DN-68360」という上海問屋が販売していた中華アンプ(ICチップに「TA2021B」使用)も持っています。
この上海問屋「DN-68360」、実は中華メーカーS.M.S.L.のOEMで、中身はまんま「SA-S3+」というモデルだったりします↓
「S.M.S.L SA-S3+」はベースとなった「S.M.S.L SA-S3」の仕様違いのようですね。
とまれ、こうしたデジタルアンプに共通して言えるのは、かくも音の再現において解像感が高い澄み切った良い音色を奏でてくれる、一言でいってひと昔前のアナログアンプを大きく凌駕する驚愕のアンプだという事です。
私も過去に5〜6機種の普及価格帯アナログアンプを使って来ましたが、パワーこそあれど、解像感は中華デジタルアンプが圧勝な印象を持っています。
とりわけ出力をそれ程に必要としない、狭い日本の住環境の夜において静かに音楽を聴くようなシーンでは、ボリュームを絞っても繊細な音を奏でてくれる中華デジタルアンプが最適と言えます。
・・・とは言え、良くも悪くも中華アンプ。その佇まいに趣きが感じられず、視覚的な満足度は低い感が否めません。「Chi-Fi」(ChineseなHi-Fi)が次に築くべきは「趣き」なのでしょうね。前述のS.M.S.Lなどの中華メーカーは最近、外観デザインも良いのを出してきていますから、これから先、Chi-Fiの行方が楽しみです。
いまや趣きだけでメシを食っている海外ブランド各社は、そう遠からず将来において「趣き」においても、Chi-Fiとの無慈悲な勝負が待ち受けているかも知れません。〔了〕